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ふるさとの話をしよう 第15話
私のふるさとと小学校の想い出
京都府の北部、日本海が目の前の小さな町、網野町が、私の生まれ育った町です。実家は、
カニで有名な間人(たいざ)の近くの三津(みつ)というと ころで、漁業と丹後ちりめんの機織りで生計を立ててる家が多く、外を歩いていると、ガチャンガチャン、ガチャンという機械の音があちこちから聞こえてくる
、そんな町です。けれど最近は、機織りも漁業も衰退してきており、都会に出て行かざるを得ない状況で、若者不足が深刻な問題になっ
ています。
私の通っていた三津小学校は、その当時の全校生徒が60人未満で、同級生はたったの5人でした。5人の生徒
を一人の先生が見てくれていたこと は、いまから思えぼ、とても贅沢な小学校生活だったなと感じています。休み時間になれば、学校のすぐ裏にある山に走り、女の子も元気に山登りをし、ときには木イチゴ採りに夢中になりました。裏山には、幅が1メートル以上ある溝を跳.ぴ越えなければ登ることが出来ず、小さかった低学年の頃にはなかなか飛ぴ越えられませんでし
た。そんなとき上級生たちが登って採ってきた木イチゴを、みんなに分けてくれたことを覚えています。
下級生に優しく接するということは、子ども同士の遊びのなかで自然に学ぴ、いつしかルールのようになっていた気がします。そしてそれはきっと、
少人数の環境において一人一人のぴのびと過ごすことが出来る環境のお かげだったのだろうと感じています。
クラスメイト5人と先生との関係も良く、先生との忘れられない思い出も数多くあります。クラスメイトのひとりが、その当時の経験や先生に影響をうけたことから、去年教師となり、地元に戻りました。そして現在は当時の恩師と、同じ小学校で共に働いているそうです。そのことを聞いたとき、幼い頃にいた環境が、人生の中でいかに大切なものであったかを改めて感じました。
最近は、学校生活の中で様々なストレスを抱えた子どもがとても増えてきているようです。確かに集団生活というのは難しいところもあります。しかし、そこにいるからこその喜びや感動、楽しさを得て、そして何よりそんな子ども達を認め、見守る先生の存在が子どもにとってかけがえのない存在であるのだと思います。
私の母校はますます生徒の数が減り、近い将来には他校と合併してしまいそうです。とても寂しい現実だなと思います。
柴野診療所医療事務 山岡 優
観桜歩こう会
岡崎桜回廊十石舟めぐり
4月5日(木)参加者14名。一般参加者は11時集合だったが、1人5枚限定の前売券を買うため、小林さん、垣見さん、と私の3人が、9時半から舟乗り場の発券所に並んだ。11時20分の乗船券を手にした。春とはいえ、朝はさすがにうすら寒かった。 11時前に、小林さんが地下鉄東西線『蹴上駅』へ、参加者のみんなを迎えに行った。定刻の11時20分、貸し切りの十石舟に14名が乗り込んだ。
琵琶湖から流れ出た疎水はインクラインをくぐり抜けて、再ぴ動物園裏に流れ出、一部は噴水となって噴き上がる。十石舟は噴水南側の舟乗場から、水の流れのままに進む。
疎水はそこから西へ流れ、動物園、市立、国立の両美術館の横を経て、みやこめっせの西側を右折、北上し、冷泉通を左折して西に流れ、 夷川ダムの手前で、広場を作る。
疎水は更に西に流れ、三百キロワットのミ ニ発電所、夷川発電所を経て鴨川に流れ出るが、舟はそこから触先(へさき)を返して、もと来た水路を戻る。この間約二十分の桜回廊コースである。
舟は、南側歩道横の満開の桜並木を眺めながら滑るように進む。疎水の両側は、狭い河川敷になっていて、そこから五Mぱかり石が積まれて石垣になっている。その上面は舗装せずに芝を植えて土手になっている。
最初の橋が迫って来た。橋の手前まで来ると若い船頭さんは、取っ手をグイと手前に引いて舟の屋根を下げた。以前、桜の季節に萌ゆる会で大阪の水上バスに乗ったことが有ったが、この時の舟は五十人乗りの大型で、モーターで屋根の上げ下げをしていたが、この十石舟は人の手で上げ下げをしていた。
橋を過ぎて現れた市立美術館の疎水沿いの庭は、鉄製の柵が巡らされ、その柵沿いに多くの桜が植えられ、満開になると実に美しい。年数を経てみんな巨木になっているが、その中でも一番の巨木と思われる一本の桜が、柵からせり出すような形で枝を伸ぱし、水面に触れんぱかりに長い枝を差し延べていた。 それを見ているうちに滝廉太郎の『花』を歌いたくなったが、静けさが支配する中では歌えなかった。
- 見ずや曙(あけぼの)露浴びて
我にもの言う桜木を 見ずや夕暮れ手を伸ペて
我さし招く青柳(あおやぎ)を -
両岸の桜に見とれてか、舟の中は、伏見の十石舟の時と違って、いとも静かだった。その静けさが破れたのは、南側の桜並木からこちらに向かってカメラを向けている品川さんを見つけた時だ。みんなが手を振り品川さんも手を振って、それに応えていた。
神宮道の朱塗りの欄干の橋と、朱塗りの大鳥居が迫って来た。橋の手前で、船頭さんは一瞬の早業で取っ手を引し、舟の屋根を下げた。もし船頭さんが桜に見とれて、橋の手前で屋根を下げるのを忘れたら、橋にぷつかって、大変なことになるだろうな・・とフト思った。
朱塗りの橋をくぐり抜けると、国立近代美術(都メッセ)が現れる。美術館横の館と勧業館石垣は、如何にも美術館らしく蔦(つた)の葉が疎水に面した石垣を覆っていた。しかし、この美術館の近代的な建物と蔦の繋はどう見ても合わない。やはり蔦の葉の合うのはレンガ建の建物だろう。
勧業館の裏の桜は石垣の上の土手に植えられている。そのため枝は舟の屋根近くまで伸びて来ている。
舟は勧業館に沿って直角に曲かって北上する。そして冷泉通りで左折して、冷泉通の横を西ヘ向かう。やがて、手摺りの錆び付いた橋が見えて来た。その橋をくぐり抜けると水の広場が現れた。疎水の石垣も無くなって両岸の桜は、何れも、かなりの年代を経た巨木の桜で、低い土手に植わった何本もの桜が水面近くまで枝を伸ばし、舟は、それらの枝を避けながら進まねばならないほどで当初感じたような風情は全く無かった。
舟はやがて夷川ダムの水の広場に出た。正面に立つ銅像は、疎水を計画し、建設を実行した第三代京都府知事、北垣国道氏その人だった。舟はダムをゆっくりと回って、再岸の桜を、もの言いたげに枝さしのペる桜を賞でながら、元来た水路を噴水横の船着き場まで戻った。桜、桜のちょっとリッチな気分の半日だつた。 [
記:河那部 ]
第24回定時総会お知らせ
日 時 7月21日(土) 11時 11:00AM - 2:30PM(10:30受付開始)
場 所 紫野診療所4F
参加費 1,500 円(会員外の方は2,000円)
参加方法 参加申込書にご記入の上、参加費600円を添えて
役員さん又は各診療所受付にお申込みください。
第一部 総 会 11:00 - 12:00PM
第二部 親睦会 昼食 --- 2:30PM
年に一度の総会です。昼食をはさんでの親睦会では、北村先生と囲んでお話したり、お互いにお喋りしたりして過ごしたいと思います。1時からお話のあと、みんなで歌を歌いたいと思います。
申込み締切り 7月14日(土)